相撲 打っ棄り。 随談第61回 野球・相撲噺(その4)

土佐豊の打っ棄りは決まったように・・・大相撲秋場所2日目

相撲 打っ棄り

1,238• 560• 379• 189• 213• 239• 591• 181• 139• 118• 162• 175• 320• 146• 133• 248• 106• 447• 100• 125• 2 NEW ENTRY.

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平成の小結1

相撲 打っ棄り

出羽海部屋ゆかりの両国梶之助を名乗り、巨体を生かした前進相撲で上位で活躍した。 13連勝の北勝海に土を付けたり、綱取り旭富士を苦しめたり、何と言っても1年間で3度も千代の富士から金星を奪った大物食いが印象深い。 大横綱を苦しめたのは突き押しだったが、大きな腹を使った寄りも得意とした。 成績は安定せず、故障もあって衰えは早かったが、親方として独立。 現役時代よりも活躍しそうだ。 ホープ・豪栄道のライバル栃煌山は春日野部屋。 奇しくも親方(元栃乃和歌)同士も学生時代からのライバルだ。 小結三杉里 旧二子山勢最後の関取。 安定して上位に名を連ねた。 大物食いで金星7個を誇る。 貴花田にも初顔から5連勝のキラーぶりだったが、再三VTRが流される最年少優勝決定の一番で初めて負けた。 土俵際で突き落とし、打っちゃりなどの逆転技が豊富で最後まで縺れることが多かった。 益荒雄に投げ勝って土俵下に落ちた際、控えの富士乃真の上に落ちてしまい、故障した富士乃真に翌日不戦勝した時は、一日で2勝と話題になった。 身長体重がほぼ幕内の平均で推移したことも有名。 勝ち越し負け越しを繰り返しながら平幕上位に定住した地味な力士ながら、いろいろとエピソードが多い。 準年寄制度第一号として協会に残り、のち浜風でテレビ解説の常連だったが、五城楼に譲って18年限り退職。 小結旭道山 南海のハブ。 立合い強烈な張り手で大型力士をKOしたことでも有名。 軽量で入幕まで時間がかかったものの、一度も落ちずに8年間幕内を務めたが、突然国会議員に転身した。 100キ強の軽量、前褌取って食いつくしぶとい相撲。 千代の富士と取り直しの熱戦を繰り広げ、曙には取り直しの末下手捻りに下した。 派手な打っ棄りも見せていたが、首や腰が悪化して見せなくなった。 張り手も自粛となり、派手な活躍は見られなくなった。 晩年、朝乃若戦で高々と八艘跳びを披露。 手つき不十分だったが、高さは舞の海も追風海も巨砲をもしのぐほど。 100メートル12秒台という運動神経の高さを発揮した。 小結板井 実業団出身の異例の経歴を経て入門。 すでに幕下付出でもおかしくない地力があり、無敵のスピード出世。 前相撲から7場所での十両昇進は、今も最短記録として残る。 小兵ながら出足の早い突き押し相撲。 期待は大きかったがヒザの怪我などで幕内定着に時間がかかった。 強烈な張り手を武器に、大乃国には7連勝という「キラー」。 30歳も過ぎた平成元年3月、11勝の活躍で殊勲・技能両賞を獲得、新三役になった。 老雄健在といった活躍を見せていたが、平成3年幕内15戦全敗を記録してあっという間に廃業。 平成12年に自ら八百長の中心人物だったと暴露して騒動を巻き起こした。 小結孝乃富士 現役時代は長身ゆえの脇の甘さや腰高を克服できず、大成しなかったが、のちにレスラー安田忠雄として大晦日に活躍、有名になったが、トラブル続き。 出世も早く、入幕3場所目には双羽黒から金星を挙げて大器と期待される。 平幕一桁で定着するが、再三の三役のチャンスも大負けしてフイにしている。 生涯8度の前頭3枚目以内の番付では4勝が最高だった。 それでも平成2年5月は11勝4敗、幕内でただ一度の2ケタ勝利で敢闘賞。 前頭9枚目ながら翌場所新三役に昇進した。 かなり番付運の良い力士だった。 平成3年十両に初めて転落すると、幕内に戻ることなく翌年28歳にして早くも廃業した。 小結陣岳 幕内を47場所務めた長身力士。 逆鉾らとともに井筒部屋隆盛の先鋒として活躍。 長身を生かした取り口で長く幕内上位から中位に定着した。 新入幕は昭和58年、一度陥落してカムバックまで一年掛かったが、翌年9月には北の湖から初金星。 その後上位定着するが三役まではあと一歩という場所が続く。 62年11月にようやく新小結に。 平成2年にも2度の昇進を果たすが、2勝13敗・3勝12敗と家賃が高かった。 平成3年1月大乃国から7年ぶりとなる金星を獲得したが、ヒザを痛めて一気に転落、この年のうちに引退した。 千代の富士が大鵬に並ぶ45連勝目の相手としても有名。 小結 隆三杉 長く土俵を務めた二子山部屋の押し相撲力士。 古参力士としての印象が強いが、いつまでも若々しい相撲で土俵を沸かせた。 相撲ぶりよりも「ドラえもん」のような風貌と、歌唱力で人気。 意外と10代で関取、20歳で幕内と出世は早かったが、ケガもあって安定せずエレベータ力士だった。 59年から幕内定着、一時故障で十両落ちするも、復帰したからはまた長く幕内の座を守って、小結にも二度昇進している。 新三役は29歳10ヶ月だった。 ほとんどが平幕で三賞は獲得できなかったが、大乃国から唯一の金星を挙げている。 関取となって15年、平成7年まで幕内を務めた。 小結 巴富士 故障に泣いて幕内在位17場所に終わった大器。 連続休場で序ノ口に落ち、若貴らと同じ場所で序ノ口優勝を争った。 彼らに遅れず出世を果たし、3年1月19歳で入幕、いきなり10勝して敢闘賞。 9月には初の上位挑戦に挑むが初日に故障。 再起して新小結となった4年7月にも初日小錦に押し潰されてまた故障と不運。 その後上位復帰も、膝のケガが慢性化して急激に力が衰えて十両落ち。 幕下陥落後も再起を目指したが叶わなかった。 思い切った投げに魅力があり、貴乃花らにも健闘していた。 小結 剣晃 190センチの長身、張り手交じりの激しい相撲で貴ノ浪キラーとして鳴らした三役力士。 ハズ押しや豪快な投げも武器とした。 平成5年頃から膜内に定着。 7年3月7枚目で10勝を挙げて一気に新小結に。 1場所で陥落も、翌場所曙、武蔵丸を破って11勝、殊勲賞の活躍で小結復帰。 その後も全盛期の貴乃花を逆転の下手投げで破るなど上位を掻き回していたが、9年5月に突然原因不明の病に冒されて全休が続き、10年3月幕下で現役のまま没した。 小結 大翔鳳 がっちりした体格で突き押しが武器の中堅力士。 大学相撲を経て入門、十両は3場所連続二桁の実績を手に優勝して新入幕。 4年秋場所では貴花田を唯一追いかけていたが、直接対決で敗れて後退、しかし11勝4敗で初の敢闘を獲得。 翌場所も貴花田・曙を破る活躍で三役昇進を決めた。 7年にも11勝で2度目の敢闘賞、三役に復帰した。 8年にも3たび小結となったが、その後突然崩れ始め、十両に転落。 11年ガンが発見されて休場、引退を発表。 準年寄となったが早世したのは惜しまれる。

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大相撲、あの力士この技〜打っ棄りの若浪

相撲 打っ棄り

解説 際まで寄せられた、または土俵際でそうになったがを落としを捻って、相手力士を土俵の外へ投げるもの。 語源は「捨てる」を意味する「打ち遣る」から。 そのままでは寄り切られるところを、逆転する技である。 そのため、ぎりぎりで何事かを逆転することを「うっちゃる」と表現する。 あるいは、その寸前まで優勢であった側の印象として「うっちゃられた」といわれることも多い。 土俵際ぎりぎりでその寸前まで攻め込まれている状況から出すものであり、しかも掛けた側も体が後ろに倒れながら出しているので、判定で揉めることがしばしばある。 不十分な場合は、同体でになる場合もよく見られる。 うっちゃりを決めるためには相当の瞬発力と勝負強さ、そして強靱な足腰が必要である。 、、など、吊りや四つ身を得意とする力士がこの技の使い手で知られており、またなどアンコ型の力士が自分の太鼓腹に相手を乗せるようにして掛けることもある。 また、69連勝序盤のは、まだ体ができ上がっておらず、決まり手に逆転技であるうっちゃりが多かったことから「うっちゃり双葉」のがつけられていた。 その後、体ができ上がった後には右四つ左上手からの吊り寄りや必殺の上手投げという絶対的な型を完成させる。 期末からにかけては、「マジック」など一部の例外を除きほとんど見ることが無くなった。 その理由としては力士の大型化と共に、足腰の弱体化等の懸念がこれに関して言われることがある。 「『うっちゃり』はなぜ消えたのか」というタイトルの相撲分析書まで出版された(著、より2000年出版)。 現在、幕内においては数少ないうっちゃりの使い手としてがいる。 近年のうっちゃり• 2007年5月場所• 10日目にがに対して決めている。 中日にがに対して決めたうっちゃりは豪快に決まった(あまりに豪快なためにも唸った。 理事長のもを取るべきではないかと言ったほどである)。 さらに同場所12日目にはがに対し決めており、同一場所で2度うっちゃりが見られたことになる。 3日目にがに対して決めた。 4日目にがに対して審判の判定結果で成功した。 2013年1月場所• 7日目にがに対して決めた。 2014年5月場所• 9日目にがに対して決めた。 2015年9月場所• 6日目にがに対して決めた。 2016年5月場所• 千秋楽にがに対して決めた。 そして白鵬は全勝優勝した。 2016年9月場所• 9日目にがに対して決めた。 2017年1月場所• 初日にがに対して決めた。 2018年9月場所• 初日にがに対して決めた。 2019年11月場所• 11日目にがに対して決めた。

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