ベルリン フィル 日本 人。 つい最近までベルリンフィルもウィーンフィルも女性団員ゼロだった…採用拒絶で世界中から批判

ベルリンフィルメンバー構成

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今年来韓した世界最古ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第1バイオリン首席奏者チョ・ユンジン氏(28)が目を引いた。 全体オーケストラで序列3位といえる重要な地位だった。 韓国で生まれ、ドイツに留学に出たチョ氏はこのオーケストラに入って1年で首席を務めることになった。 現在はハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターオーディションを通過し、オーケストラ全体を率いている。 また今月初めに来韓したベルリン放送交響楽団にも韓国人バスーン演奏者ユン・ソングォン氏(24)が含まれていた。 昨年入団したユ氏はこのオーケストラの最年少終身団員だ。 米国のオーケストラにもアジア演奏者がいる。 ニューヨーク・フィルでは韓国人7人が活動し、昨年バイオリニストのオ・ジュヨン氏(29)が追加で入団した。 ここに日本・中国系の団員を加えると15人前後になる。 フィラデルフィアオーケストラでは韓国系のデビッド・キム氏、ジュリエット・カン氏がそれぞれコンサートマスター、副コンサートマスターを務めている。 このほか、ボストン・シンシナティー・ロンドンフィルなどでも韓国人をはじめとする東洋系演奏者が増えている。 特に最近は中国系が大きく増えた。 他の演奏者・楽器と一緒にする分野ではスターがあまりいなかった。 しかし最近の傾向は合奏だ。 樫本氏やチョ・ユンジン氏のケースのように、優秀な経歴を持つ東洋人演奏者がオーケストラ入団試験を受けるケースが増えている。 留学を終えた後、本国に帰る代わりに欧州・米国現地に定着する現象も新しい傾向だ。 一方、国内の交響楽団は外国人が増えている。 ソウル市立交響楽団の場合、全体団員およそ100人のうち16人が外国人だ。 ほとんどの場合、交響楽団の名前は地域名がつけられるが、構成員は「多国籍」ということだ。 団員全体を率いながら指揮者と団員の間を調律する。 別のオーディションを通して選抜し、給与などの待遇が違う。 普通、一つのオーケストラに2、3人。

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ベルリンフィル日本人奏者

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このページの目次• 土屋邦雄氏 1959年土屋邦雄氏が東洋人初のプレイヤーとして入団したことは歴史的快挙です。 私がクラシックに目覚めたのは1980年代半ば頃だったのですが、初めてベルリンフィルの映像を見た時に東洋人が映っているので調べたら、その方が日本人でありお名前が土屋邦雄さんという方で1959年にすでに団員になっていたことに驚きを隠せませんでした。 その場で土屋氏に決定したという逸話があります。 土屋氏はビオラだったのですが会場側が定位置らしく、カメラに映りやすい位置にいたのを覚えています。 1983年の創立100周年記念コンサートでは土屋氏が横にスライドしながらカメラに映ろうとするお姿がお茶目です。 2001年7月1日に退団し、現在は指揮活動をメインに活動されているようです。 安永徹氏 1977年に安永徹氏も入団。 1983年よりコンサートマスターに就任したこと驚くべき快挙でした。 日本人の彼がコンマスになるということに対して、否定的な助言もあったようですが、安永氏はベルリンフィルのコンマスの道を選びました。 一番先頭、しかもカラヤンの横で演奏する姿は日本人として本当に誇りとなっておりました。 その後3人の日本人が入団 その安永氏も定年を前にベルリンフィルを去ってしまったことは残念ではありますが、その後、ヴァイオリンの町田琴和氏、ヴィオラ首席の清水直子氏が入団しました。 そして、2010年に樫本大進氏がコンサートマスターに就任したことは再び日本人に喜びを与えたことになります。 樫本氏はテレビのインタビューでも何度か拝見しましたが、とても感じの良い方です。

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ウィーンフィルとベルリンフィル、人気を二分する人気オーケストラが同じ週に大阪にやって来る!

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東京2020 NIPPONフェスティバル 共催プログラム 「東京・春・音楽祭特別公演 ベルリン・フィル in Tokyo 2020」 開催中止のお知らせ 東京・春・音楽祭実行委員会は、新型コロナウイルス感染症拡大及び東京2020大会の開催延期に伴い、「東京2020 NIPPONフェスティバル」の共催プログラムとして、2020年6月に開催を予定しておりました「東京・春・音楽祭特別公演 ベルリン・フィル in Tokyo 2020」(主催:東京・春・音楽祭実行委員会/共催:公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)の開催を中止とさせていただきます。 2021年への本プロジェクトの延期を関係各所と検討を重ねてまいりましたが、最終的に延期することは不可能と判断いたしました。 本プロジェクトの2021年への延期はございません。 開催を楽しみにされていた皆様には心よりお詫び申し上げます。 何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。 2020年4月23日 東京・春・音楽祭実行委員会 東京2020 NIPPONフェスティバル (2020年3月下旬~9月) 聖火リレーが始まり、世界からの注目が東京・日本へ大きく集まるこの時期に、東京2020組織委員会が国・自治体・文化団体等と連携し日本の文化・芸術の力を国内外に発信する文化フェスティバルを全国で展開。 主催: 東京・春・音楽祭実行委員会 共催: 公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 共催: 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館 [東京文化会館公演] 環境省自然環境局新宿御苑管理事務所 [新宿御苑公演] 東京2020 NIPPONフェスティバル 共催プログラム 東京・春・音楽祭特別公演 ベルリン・フィル in Tokyo 2020 東京・春・音楽祭実行委員会(実行委員長:鈴木幸一)は、東京2020大会の公式文化プログラム「東京2020 NIPPONフェスティバル」の共催プログラムとして、2020年6月に「東京・春・音楽祭特別公演 ベルリン・フィル in Tokyo 2020」(主催:東京・春・音楽祭実行委員会/共催:公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)を実施いたします。 東京2020大会のための3種4公演 グスターボ・ドゥダメル指揮、そして世界最高峰のオーケストラで、28カ国の多国籍プレーヤーから成るベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による、東京2020大会のための3種4公演。 同団にとって16年ぶりとなる東京文化会館での公演では、3つのプログラムでお届けします。 東京2020大会のためのスペシャル・コンサート、グスタフ・マーラー「交響曲 第2番《復活》」 、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン「交響曲 第9番《合唱付き》」(第九)でオリンピックの祝祭感と復興・平和への祈りを東京から発信します。 新宿御苑で1万人規模の野外公演を無料開催 さらにベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の日本では初となる野外公演も実施。 誰もが気軽に訪れることのできる東京を代表する公園、新宿御苑 風景式庭園で「第九」の無料公演(*)を行います。 ドゥダメル、オーケストラ、ソリスト、合唱、総勢約400人に及ぶアーティストの力を結集し、1万人の観客動員を予定。 これまで成しえなかった環境・規模で、日頃クラシック音楽に親しむ機会の少ない人たちにも、より身近に一流の芸術を楽しんでいただく機会を提供します。 (*ただし新宿御苑への入園料が必要です) さまざまなバックグラウンドを持つアーティストが世界中から集結 オーケストラはベートーヴェンの母国ドイツを拠点として多様な国籍をもつメンバーで構成され、日本とは特別な絆を持つベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。 指揮者は、ロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督兼芸術監督であり、貧しい地域も含めた子どもたちに、楽器に触れて学ぶ機会を提供するために創設された「エル・システマ」の最も有名な卒業生であるグスターボ・ドゥダメル。 そして世界各国で活躍するソリストたちに加え、「第九」(野外公演)には、世界中から合唱団が集結し、人種・年齢・性別を超えた壮大なスケールで協演を繰り広げます。 2020年に贈る特別な音楽体験 2020年は東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催のみならず、第2次世界大戦の終結から75年、クラシック音楽の象徴的作曲家ベートーヴェンの生誕から250年という様々な節目に当たります。 このメモリアル・イヤーに、日本を含む世界各国にルーツを持つ参加者が東京に集い、かつてない音楽体験を創出します。 公演概要 日時・会場 開催中止 ベートーヴェン:バレエ音楽《プロメテウスの創造物》 op. 43 より 「序曲」 ワーグナー:歌劇《タンホイザー》 第2幕 「殿堂の入場」(管弦楽版) 早坂文雄:映画音楽《羅生門》 より 第1楽章、第3楽章、第4楽章 ストラヴィンスキー:バレエ音楽《火の鳥》 より 「魔王カスチェイの凶悪な踊り」、「子守歌」、「フィナーレ」 J. ウィリアムズ:サモン・ザ・ヒーロー ショスタコーヴィチ:バレエ音楽 《黄金時代》 op. 22 より III. ポルカ、IV. ダンス マルケス:ダンソン 第8番 ラヴェル:ボレロ 【プログラムB】 マーラー:交響曲 第2番 ハ短調 《復活》 【プログラムC】 ベートーヴェン:交響曲 第9番 ニ短調 op. その他、リンカーン・センターでニューヨーク・フィルハーモニックを指揮するため、2週間の滞在、マーラー室内管弦楽団とベートーヴェンのオペラ《フィデリオ》(演奏会形式)でヨーロッパ・ツアーを行ない、ベネズエラの有名な「マノス・ブランカス(白い手)」合唱団と共演する。 さらに、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団とのイタリア・ツアーで、イタリア各地の素晴らしい主要なコンサート会場をいくつか訪れる予定がある。 音楽教育や芸術を通して社会の発展に生涯をかけて貢献する信念は幼少期にエル・システマで培われたものである。 エル・システマに感銘を受け、ドゥダメル、ロサンゼルス・フィルハーモニック、地域のパートナーたちは、2007年にロサンゼルス・ユース・オーケストラ(YOLA)を創設した。 19年、アメリカ芸術界への貢献を賞して、ドゥダメルの名は「ハリウッド名声の歩道」に刻まれ、国際舞台芸術協会(ISPA)のディスティングイッシュト・アーティスト・アワード2019を受賞した。 その他、ギッシュ賞、パエス芸術メダル、パブロ・ネルーダ芸術・文化勲章2018を受賞。 17年、スウェーデンのノーベル賞コンサートでロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、芸術と科学の協調についての講義も行なった。 また、09年に「タイム」誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。 ドゥダメルの名は、クラシック音楽の聴衆の主流だけでなく、クラシックのコンサート・ホールから遠い存在にまで届いている。 20年には、スティーヴン・スピルバーグ脚色による《ウエスト・サイド物語》で、バーンスタインのアイコン的なスコアを振る予定。 また、ジョン・ウィリアムズの個人的な要請により、映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のオープニングとエンディングを指揮し、19年のアカデミー賞ではロサンゼルス・フィルハーモニックと同曲を披露した。 クラシックの音楽家としては初めて、YOLAのメンバーとともにスーパーボウル2016のハーフタイムショーに参加して、コールドプレイ、ビヨンセ、ブルーノ・マーズといったポップ・スターたちと並んだ。 CBSテレビの「60 minutes」で数回取り上げられ、PBSテレビでも紹介されており、クリスティアン・アマンプール(CNN)、コナン・オブライエン(「Conan」)、スティーヴン・コルベア(「ザ・レイト・ショー」)、エルモ(「セサミストリート」)からインタビューを受けている。 ドゥダメルは、若手音楽家たちの音楽的なリーダーおよびメンターとして、影響力を与え続けている。 12年に、「できるだけ多くの子供たちやコミュニティに音楽を体験してもらう機会を広げること」を目的とした公認慈善団体であるグスターボ・ドゥダメル財団を創設した。 アルトゥル・ニキシュ(1895~1922)指導のもとで、同楽団のレパートリーは大きく広がり、ブルックナー、チャイコフスキー、マーラー、シュトラウス、ラヴェル、ドビュッシー等の作品も演奏するようになった。 1922年にニキシュが死去すると、36歳のヴィルヘルム・フルトヴェングラーが新しく常任指揮者に就任した。 彼は古典派とドイツ・ロマン派を得意としたが、ストラヴィンスキーやバルトーク、プロコフィエフといった現代作曲家の作品もプログラムに取り入れた。 大戦直後、フルトヴェングラーはその職を追われ、レオ・ボルヒャルトが楽団の指揮者に就任した。 しかし1945年8月、悲劇的な誤解によって、ボルヒャルトはアメリカ軍の歩哨に射殺されてしまう。 彼の後任は、若きルーマニア人指揮者セルジュ・チェリビダッケだった。 フルトヴェングラーは非ナチ化裁判を終えた1952年に、常任指揮者としての復職が公式に許された。 また戦後まもなく、1949年にはベルリン・フィルハーモニー友の会が設立され、オーケストラの新しい拠点の建設に寄与し、フィルハーモニーとその楽団の活動を支援した。 1954年にフルトヴェングラーが死去すると、ヘルベルト・フォン・カラヤンが終身指揮者および芸術監督に就任した。 つづく数十年、彼は楽団とともに独特な音色のクオリティと演奏スタイルを磨き、それらは同楽団の世界的なトレードマークとなった。 1989年10月、クラウディオ・アバドが新しい常任指揮者に迎えられた。 彼は伝統的なレパートリーに現代作品を組み込むという、テーマを持ったシリーズの発展的なプログラムによる新しい試みを案出した。 また付加的な室内楽シリーズも、同楽団のプログラムをさらに多彩なものとした。 サー・サイモン・ラトルは、2002年9月から17/18シーズン終わりまで常任指揮者を務めたが、彼の就任とともに楽団は重要な改革に着手した。 運営主体を財団化し、新しい組織にすることで、楽団の経済力を確保しつつも、創造的発展のさらなる機会を得られるようになった。 財団は、ベルリン州、連邦政府等から多大な支援を受けている。 また、サー・サイモン・ラトルの在任時に開始された財団の教育プログラムを通じて、今や楽団の存在はかつてないほど広く、特に若い聴衆へと届くことになった。 この貢献により、楽団と当時の芸術監督であるサー・サイモン・ラトルは、2007年にユニセフ国際大使に任命されたが、この名誉は音楽アンサンブルにおいては初めて授与されたものだった。 映像プラットフォームであるデジタル・コンサート・ホールは、2009年に開始され、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を日常的に体験できる機会を世界中の聴衆に提供している。 楽団のコンサートは、ライブ中継で配信され、またその数日後には映像アーカイヴで録画として見ることもできる。 デジタル・コンサート・ホールは、テレビ、コンピューター、スマートフォン、タブレット、ストリーミング機器からアクセスできる。 12年春にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、45年間続いたザルツブルク復活祭音楽祭での演奏を最後にして、13年春にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のバーデン=バーデン復活祭音楽祭という新しい音楽祭を開始した。 14年には、自主レーベル「ベルリン・フィル・レコーディングス」を起ち上げ、最高の技術および編集の要求を満たすエディションで、同楽団による傑出したコンサートの数々を収録することを目指している。 直近のリリースには、1933~45年の間にヴィルヘルム・フルトヴェングラーが指揮したラジオ放送録音による初の歴史的エディションや、キリル・ペトレンコ指揮による最初のCDとなったチャイコフスキーの《悲愴》等がある。 2015年6月21日、楽団の会議において、大多数の支持によりキリル・ペトレンコがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の新しい常任指揮者に選出された。 19/20シーズン開幕より就任の予定で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団には06年2月に指揮デビューして以来、これまでに17/19年のバーデンバーデン復活祭音楽祭でのコンサート、18年のシーズン開幕コンサート、ザルツブルク、ルツェルン、ロンドンへの音楽祭ツアー等、8つのプログラムを指揮したことがある。 アネット・フリッチュは、1986年ドイツのプラウエンに生まれ、ライプツィヒのフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学で、宮廷歌手の称号を持つユルゲン・クルト教授に師事した。 2001年ライプツィヒのJ. バッハ・コンクール第1位。 06/07年には、ラインスベルク城の室内歌劇場国際コンクールで受賞し、モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》デスピーナとドニゼッティ《愛の妙薬》アディーナを歌った。 07/08シーズンには、ライプツィヒ歌劇場と契約し、様々な役を演じるようになった。 09~15年は、デュッセルドルフ/デュースブルクのライン・ドイツ歌劇場のアンサンブルに加わり、《魔笛》パミーナ、《カルメル派修道女の対話》ブランシュ、《後宮からの誘拐》コンスタンツェ、《連隊の娘》マリー等を演じた。 ヘンデル《リナルド》アルミレーナでグラインドボーン音楽祭にデビュー、アン・デア・ウィーン劇場ではグルック《テレマコ》メリオーネを演じて大成功を収めた。 また、マドリードのテアトロ・レアルで《コジ・ファン・トゥッテ》フィオルディリージ役にデビューして大絶賛を受け、同演出でブリュッセルのモネ劇場、14年にはウィーン芸術週間でもそれぞれ成功を収めた。 ルネ・ヤーコプス指揮フライブルク・バロック管弦楽団とのヨーロッパ・ツアーにおける《フィガロの結婚》ケルビーノは、国際的に高い評価を得た。 14年は、《ドン・ジョヴァンニ》ドンナ・エルヴィーラを演じてザルツブルク音楽祭にデビューし、15年は再びザルツブルクで《フィガロの結婚》伯爵夫人、ミュンヘンで《フィガロの結婚》スザンナ、マドリードのテアトロ・レアルでは《フィガロの結婚》伯爵夫人と《フィデリオ》マルツェリーネを歌った。 また、チリのサンティアゴに招かれて《魔笛》パミーナ、アン・デア・ウィーン劇場では《フィガロの結婚》伯爵夫人とサリエリ《ファルスタッフ》フォード夫人を歌った。 16年は、アムステルダムでの《アリオダンテ》ジネヴラに始まり、トゥールーズで《フィガロの結婚》スザンナ、再びアムステルダムで《ドン・ジョヴァンニ》ドンナ・エルヴィーラを演じた。 また、ザルツブルク音楽祭で《フィガロの結婚》伯爵夫人を演じ、同役をバルセロナのリセウ大劇場でも演じた。 ベルリン国立歌劇場に招かれて新制作の《アーサー王》に出演し、《ドン・ジョヴァンニ》ドンナ・エルヴィーラでミラノ・スカラ座にデビュー、《フィエラブラス》エンマ、《偽の女庭師》アルミンダも演じた。 ビルバオでは、《フィデリオ》マルツェリーネ、マドリードでは《イドメネオ》イリアを歌った。 今後の主な出演としては、アムステルダムで《コジ・ファン・トゥッテ》フィオルディリージと《カルメン》ミカエラ、ベルリン国立歌劇場で《アーサー王》、マドリードのテアトロ・レアルで《魔笛》パミーナと《ドン・ジョヴァンニ》ドンナ・エルヴィーラ、ローザンヌで《リナルド》アルミレーナ等がある。 アリサ・コロソヴァは、世界中の最も名声ある劇場の数々で大きな評価を得ており、これまでにパリ国立オペラ、バイエルン国立歌劇場、ザルツブルク音楽祭、ウィーン国立歌劇場、グラインドボーン音楽祭のほか、アムステルダムのコンセルトヘボウ、ワシントンのケネディ・センター、ニューヨークのカーネギー・ホール等に出演している。 パリ国立オペラのアトリエ・リリックや、ザルツブルク音楽祭の若手声楽家の育成プログラムに参加し、2010年のザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭で、リッカルド・ムーティ指揮のもと高い評価を得たモーツァルト《救われたベトゥーリア》に出演し、国際的な注目を浴びた。 11~14年、ウィーン国立歌劇場のアンサンブル・メンバーとして、同歌劇場で《スペードの女王》ポリーナ、《エフゲニー・オネーギン》オルガ、《ナブッコ》フェネーナ、《皇帝ティートの慈悲》アンニオ、《蝶々夫人》スズキ、《アンドレア・シェニエ》ベルシ等を演じた。 これまでにリッカルド・ムーティ、アイヴァー・ボルトン、ワシリー・ペトレンコ、アラン・アルティノグリュ、アンドリス・ネルソンス、ジャナンドレア・ノセダ、フランツ・ウェルザー=メスト、ウィリアム・クリスティ、マリン・オールソップ、サー・アンドルー・デイヴィス、ローター・ツァグロセク、サー・ジョン・エリオット・ガーディナーといった指揮者と共演している。 近年の主な出演としては、好評だったアムステルダム・コンセルトヘボウでのベッリーニ《異国の女》イゾレッタ、バーゼル劇場でサン=サーンス《サムソンとデリラ》デリラ役のデビュー、バイエルン国立歌劇場とローマ歌劇場で《リゴレット》マッダレーナのほか、新制作のベルリオーズ《ロメオとジュリエット》でオランダ国立歌劇場にデビュー、チューリッヒのトーンハレでサー・ジョン・エリオット・ガーディナー指揮による《グラゴル・ミサ》、パリ国立オペラでサー・アンドルー・デイヴィス指揮による《ルサルカ》外国の王女等がある。 コンサート活動では、リッカルド・ムーティ指揮シカゴ交響楽団とのスクリャービン「交響曲 第1番」とプロコフィエフ《アレクサンドル・ネフスキー》でカーネギー・ホールにデビューしたほか、ローマ歌劇場でモーツァルト《レクイエム》とヴィヴァルディ《マニフィカト》、バイエルン放送交響楽団とのシューベルト《ミサ曲 第5番》、シカゴ交響楽団とのヴィヴァルディ《マニフィカト》、ジェレミー・ローレル指揮でパリ管弦楽団、BBCプロムスでエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団とのヴェルディ《レクイエム》等で、それぞれ成功を収めた。 最近の出演には、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団とヴェルディ《レクイエム》、マドリードのスペイン国立管弦楽団とエルガー《ミュージック・メイカーズ》、ローマ歌劇場で《リゴレット》、アムステルダムのコンセルトヘボウで《ボリス・ゴドゥノフ》マリーナ、ザルツブルク音楽祭でリッカルド・ムーティ指揮によるシューベルト《ミサ曲 変ホ長調》、ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場で《リゴレット》、ミラノ・スカラ座でザンドナーイ《フランチェスカ・ダ・リミニ》サマリターナ、ハンブルク国立歌劇場で《蝶々夫人》、ミッコ・フランク指揮フランス放送フィルハーモニー管弦楽団とベートーヴェン「交響曲 第9番」、ノヴァーラのコッチャ劇場と中国へのツアーで《カルメン》タイトルロール、グスターボ・ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックと《グラゴル・ミサ》、シカゴ・リリック・オペラとポーランド国立オペラで《エフゲニー・オネーギン》等がある。 今後の主な予定としては、ザルツブルク音楽祭で《メデア》ネリス、シカゴ・リリック・オペラで《ルイザ・ミラー》フェデリカ、バレンシアの芸術宮殿とアムステルダムのオランダ国立オペラで《ナブッコ》フェネーナ、ミュンヘンのバイエルン国立歌劇場で《エフゲニー・オネーギン》と《リゴレット》、パリのシャンゼリゼ劇場で《エフゲニー・オネーギン》等がある。 リリック・ソプラノのスラヴィカ・ザミクナイコーヴァは、1991年スロバキアに生まれ、2017/18および18/19シーズンは、ベルリン国立歌劇場の国際オペラ・スタジオのメンバーとして数々の役にデビューし、サー・サイモン・ラトル指揮のもとで《魔笛》侍女1、《ねじの回転》ミス・ジェッスル、《影のない女》鷹、《イポリートとアリシ》女狩人、ダニエル・バレンボイム指揮のもとで《魔弾の射手》エンヒェン(カバー役)、《椿姫》フローラ・ベルヴォア、スター・ソプラノ歌手ナディーヌ・シエラのカバー役として《ファルスタッフ》ナンネッタを務めた。 17/18シーズンは、プラハの国民劇場とスロバキアの国民劇場で《ウェルテル》ソフィーを演じ、ヴィースバーデン五月音楽祭2019の期間中にヘッセン州立歌劇場で《イドメネオ》イリアにデビューした。 20年には、クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデンとの《ドン・カルロ》テバルドで、ザルツブルク復活祭音楽祭にデビューするほか、ベルリン国立歌劇場でケルビーニ《メデア》ディルセに役デビューする。 また、ヴィースバーデン・クアハウスでパトリック・ラング指揮によるベートーヴェン「交響曲 第9番」にも出演する。 これまでに様々なコンサートや国際的な音楽祭に出演しており、とりわけサー・サイモン・ラトル指揮によるラモー《イポリートとアリシ》女狩人でエルプフィルハーモニー・ハンブルクに出演したほか、ラインガウ音楽祭、ベルリン・コンツェルトハウス、メクレンブルク=フォアポンメルン音楽祭、モーツァルト《レクイエム》に出演したソチのガリーナ・ヴィシネフスカヤ・オペラ・フェスティバル等が挙げられる。 また、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団とのマーラー「交響曲 第4番」でプラハの春音楽祭2018にもデビューした。 オペラ出演ではこれまでに、《魔笛》パミーナ、《フィガロの結婚》伯爵夫人、《コジ・ファン・トゥッテ》フィオルディリージ、《ラ・ボエーム》ムゼッタ、《ウィンザーの陽気な女房たち》フルート夫人、《ラインの黄金》ヴォークリンデ等を演じており、ブラジル、オーストラリア、中国、韓国、モナコ、ノルウェー、フランス、イタリア、ロシア等、世界中の国々で舞台に立っている。 近年は、ギュータースローの名高い国際コンクール「新しい声2019」と、著名な国際ハンス・ガボア・ベルヴェデーレ声楽コンクールでそれぞれ第3位、ワルシャワのテアトル・ヴィエルキで行なわれたポーランド最大のコンクールである国際スタニスワフ・モニューシュコ声楽コンクールで第2位、ドイツ国家のコンクールであるベルリン・ドイツ連邦歌唱コンクール2018で第2位を受賞した。 また、第1位を獲得したコンクールには、グラーツのベルカント国際アカデミア声楽コンクール2018、カールスバートのアントニン・ドヴォルザーク国際声楽コンクール2016、ミクラーシュ・シュナイダー=トルナフスキー国際声楽コンクール2017、スロバキアのユヴェントゥス・カンティ国際声楽コンクール2015等が挙げられる。 16年夏には、 ウィーンのオットー・エーデルマン国際声楽コンクールで第3位および聴衆賞とテグ・オペラ・ハウス賞、イタリアのポルトフィーノ国際オペラ・コンクールでエーファ=マリア・ヴィーザー特別賞を受賞した。 ブラチスラヴァ音楽院を卒業し、ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンでアンナ・サムイル指導のもと修士号を取得した。 さらに、著名なアンナ・トモワ=シントウ(宮廷歌手)、ブリギッテ・ファスベンダー(宮廷歌手)、フランシスコ・アライサ(宮廷歌手)、パトリシア・マキャフリー、ニール・シコフ、ルネ・モーロック、トーマス・クヴァストホフ、グレゴリー・ラマール、ルチアーナ・ディンティーノ等のマスタークラスも受講。 また、デボラ・ポラスキ、ユリア・ヴァラディ(宮廷歌手)、マティアス・サムイル、ヴォルフラム・リーガー等からも指導を受けている。 リズ・モーン文化音楽財団、若手音楽家基金、ドイツ奨学金の奨学生である。 「ジーベル役として、ジョジ・サントスは歌劇場アンサンブルにとっての真価をたちまち証明した」(オペラ・マガジン/2017年3月) ジョジ・サントスは、ブリテン《真夏の夜の夢》ハーミア、フンパーディンク《ヘンゼルとグレーテル》ヘンゼル、モンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》オッターヴィア、ロッシーニ《ランスへの旅》メリベーア侯爵夫人といったレパートリーを、2017~19年にハノーファー州立歌劇場のメンバーとして演じた。 17年には、ストラスブールのラン国立オペラ劇場にデビュー、ザンドナーイ《フランチェスカ・ダ・リミニ》サマリターナを歌い、19年に新制作のヒナステラ《ベアトリクス・センシ》で、また同歌劇場に出演した。 ブラジルに生まれ、09年12月にブラジルのクルゼイロ・ド・スル大学で学士を取得、12年にサンパウロ州立トム・ジョビン音楽学校のオペラ・スタジオに参加した。 13~16年には、フランクフルト音楽・舞台芸術大学の修士課程でウルズラ・タルクラー=セルに師事して研鑽を積み、マリヤーナ・リポフシェク、ルドルフ・ピールナイ、アンドレアス・ショル、ヘルムート・ドイチュ等のマスタークラスに参加した。 13年、第11回マリア・カラス声楽ブラジル・コンクールで第1位。 17年、スイスのハルウィル城オペラ国際声楽コンクールで第1位、マイナウ・ヨーロッパ文化フォーラムでアンネリーゼ・ローテンベルガー賞、モスクワのベルヴェデーレ声楽コンクールのファイナリスト15人のひとりに選ばれた。 18年、第14回エメリッヒ・スモラ奨励賞、そしてリスボンで開催された世界的なオペラ・コンクールであるオペラリアの「CulturArte」賞を受賞、第52回トゥールーズ国際声楽コンクール2019では第2位となった。 16~17年夏まで、シュトゥットガルト州立歌劇場のオペラ・スタジオのメンバーとして、新制作のグノー《ファウスト》ジーベル、ヘンデル《アルチーナ》オベルト、モーツァルト《フィガロの結婚》ケルビーノを演じたほか、ビゼー《カルメン》メルセデス、ブースマンス《輪舞》可愛い乙女、ベッリーニ《清教徒》エンリケッタ王妃等のカバー・キャストを務めた。 マルチリンガルなメゾ・ソプラノとして、これまでにドイツのラインスベルク城オペラでヘンデル《ガウラのアマディージ》ダルダーノ、サンパウロのピナコテカでモーツァルト《フィガロの結婚》ケルビーノと《魔笛》侍女2および侍女3、ドイツのフランクフルトLABでプッチーニ《ジャンニ・スキッキ》ツィータ、サンパウロのサンペドロ・シアターでロッシーニ《チェネレントラ》アンジェリーナ、パラーのテアトロ・ダ・パスでR. シュトラウス《サロメ》小姓、ブラジル・ジャカレイーの市立劇場でヴェルディ《リゴレット》マッダレーナ等を演じた。 15年に、ハイドン《無人島》でラインガウ音楽祭にデビュー、19年11月にはモネ劇場でル・ラボ主宰によるモーツァルトのダ・ポンテ・オペラのワークショップに参加する。 音楽祭ではこれまでに、トランコーゾ音楽祭、ラインガウ音楽祭等に出演。 コンサート・ソリストとしては、バッハ「カンタータ 第76番」、ガルシア《ミサ曲 ロ短調》、ハイドン《レクイエム》、ペルゴレージ《レクイエム》、サン=サーンス《クリスマス・オラトリオ》等を歌っている。 20年には、ミュンヘン放送管弦楽団とのコンサート・シリーズ「パラディジ・グローリア」にデビューする予定。 また、これまでにフランク・カストルフ、インゴ・ケルクホーフ、ペーター・コンヴィチュニー、ベルント・モットル、ヨッシ・ヴィーラーといった演出家と仕事をしており、指揮者では、ハワード・アーマン、シュテファン・ブルニエ、シルヴァン・カンブルラン、クリスティアン・カーニン、プラシド・ドミンゴ、ベン・ジャーノン、マルコ・レトーニャ、ヴァルッテリ・ラウハラミ、イヴァン・レプシッチ、ウルフ・シルマー、マルク・スーストロ、ロレンツォ・ヴィオッティ等と共演している。 11年、ギュータースローのベルテルスマン財団による有名な国際声楽コンクール「新しい声」でファイナリストに選ばれ、第3位となった。 翌年、ウィーン国立歌劇場にデビューし、14/15シーズンからはアンサンブル・メンバーとして《愛の妙薬》ネモリーノ、《チェネレントラ》ラミーロ王子、《ドン・パスクワーレ》エルネスト、《マクベス》マルコム/マクダフ、《椿姫》アルフレード、、《ばらの騎士》イタリア人歌手、《トリスタンとイゾルデ》牧童、若い水夫の声、《オテロ》ロドリーゴ、《ナブッコ》アブダルロ、《アイーダ》伝令、《三人姉妹》フェドーチク、《イル・トロヴァトーレ》ルイス等を演じた。 17/18シーズンは、《ラ・ボエーム》ロドルフォ、《愛の妙薬》ネモリーノ、《ドン・ジョヴァンニ》ドン・オッターヴィオ、《マクベス》マクダフ、《ファルスタッフ》フェントン、《オテロ》カッシオ、《イル・トロヴァトーレ》ルイス、R. シュトラウス《ナクソス島のアリアドネ》スカラムッチョ、《サロメ》第3のユダヤ人、《ばらの騎士》イタリア人歌手等を演じた。 18/19シーズンは、ドン・オッターヴィオ、《セビリアの理髪師》アルマヴィーヴァ伯爵、フェントン、マクダフ、《トゥーランドット》パン、19/20シーズンはプッチーニ《ラ・ボエーム》ロドルフォ、ヴェルディ《マクベス》マクダフ等が予定されている。 18年6月、ウィーン国立歌劇場でマルコ・アミリアート指揮、KS エディータ・クルベローヴァによるガラコンサートに、ソリストとして出演した。 17年5月、リサイタルでウィーン楽友協会にデビューし、シューベルトやシューマンのリートのほか、トスティ、ロッシーニ、レオンカヴァッロの作品を披露した。 2019/20シーズンは、カーメル・バッハ・フェスティバルとザルツブルク音楽祭への出演で始まり、キャロライン・ショウ《ザ・リスナーズ》(バートンのために書かれた特別な役)の世界初演、ニコラス・マッギガン指揮フィルハーモニア・バロック・オーケストラのシーズン開幕で初めて歌った後、グラント・ルウェリン指揮ノースカロライナ交響楽団とのベートーヴェン「交響曲 第9番」に出演する。 また、定期的に共演しているクリーヴランド管弦楽団とマイケル・ティルソン・トーマス《リルケ歌曲集》を、作曲者本人の指揮で歌う予定である。 2020年5月にはサンフランシスコ交響楽団で再びマイケル・ティルソン・トーマスと共演し、国立芸術センター管弦楽団とのヴェルディ《レクイエム》に出演する。 その他の主な出演には、オスモ・ヴァンスカ指揮ミネソタ管弦楽団とヴォーン=ウィリアムズ《われらに平和を与えたまえ》、鈴木雅明指揮セントルイス交響楽団とモーツァルト《ミサ曲 ハ短調》、ア・ファー・クライ室内管弦楽団とショスタコーヴィチ「交響曲 第14番」、セントポール室内管弦楽団とモーツァルト《レクイエム》、ベツレヘム・バッハ合唱団とのヨーロッパ・ツアーおよびライプツィヒ・バッハ音楽祭2020、ニューヨーク・フィルハーモニックと初共演するヘンデル《メサイア》等がある。 19/20シーズンを通じて、San Francisco Performances(SFP)のレジデント・アーティストとしてマルチ・シーズン期間の2年目を迎え、ベイエリアに滞在する。 現代曲を得意とすることも広く知られており、これまでにハーバードでマイケル・ティペット《われらの時代の子》、コンスピラーレとの共演および初録音でクレイグ・ヘッラ・ジョンソン《コンシダリング・マシュー・シェパード》、カーネギー・ホールでポール・モラヴェック《サンクチュアリ・ロード》、ニューヨークのメトロポリタン美術館でデイヴィッド・ラング《マッチ売りの少女受難曲》等に出演している。 オペラへの出演では、ディジョンとパリで《魔笛》ザラストロ、レ・タラン・リリクとのラモー《カストールとポリュックス》ユピテル等がある。 また、ザルツブルク音楽祭でフランツ・ウェルザー=メスト指揮ロメオ・カステルッチ演出のR. シュトラウス《サロメ》、パリ市立劇場でピーター・セラーズ演出によるクロード・ヴィヴィエ《コペルニクス 死の祭祀》等に出演した。 CDアルバム『苦闘と贖罪の歌:勝利を我らに』は、ニューヨークタイムズ紙によって「大いに感動した……美しく愛らしいディスク」と評され、このアルバムに基づいた歌曲リサイタルを、ラビニア音楽祭とサンフランシスコ・パフォーマンセズ(SFP)のために行なったほか、今シーズンはルイビルとセント・ジョンズ・カレッジでも開催する。 また、革新的な声楽アンサンブル「ルームフル・オブ・ティース」の創立メンバーでもあり、ともに世界的なツアーも行なっているほか、ピューリッツァー賞の受賞者キャロライン・ショウ《8声のためのパルティータ》の録音は、グラミー賞を獲得した。 翌1993年から活動は本格化し、サイトウ・キネン・フェスティバル(現セイジ・オザワ松本フェスティバル)、東京・春・音楽祭等を活動の中心に置く他、キーロフ歌劇場管弦楽団(B・ゲルギエフ指揮)、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団 Y・テミルカーノフ指揮)、バルセロナ交響楽団(大野和士指揮)、イタリア国立放送交響楽団等の来日公演に出演、音楽界の活性化に大きく貢献することとなった。 1998年には長野冬季オリンピック開会式において、世界6ヵ国を結ぶ《第九》合唱で、中心となる日本側の演奏を担当した。 1999年にはヨーロッパの代表的音楽祭の一つであるエディンバラ音楽祭に出演(東急文化村制作《トゥーランドット》)、最大級の賞賛を得た。 2000/01年ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と共演(小澤征爾、S・ラトル指揮)、同楽団からも高い評価を得た。 東京・春・音楽祭には、東京のオペラの森時代も含めて第1回から連続出演。 2006年にヴェルディ《レクイエム》で共演したR・ムーティからも高い評価を得、以降2016年まで5回の共演をはたしている。 東京春祭では他に2010年からスタートした東京春祭ワーグナー・シリーズの合唱も担当、2011年には主要メンバーによる「にほんのうた」シリーズを開始。 また2011年4月11日、大震災一月後に急きょ開催されたZ・メータ指揮《第九》(東日本大震災被災者支援チャリティーコンサート)にも出演、当公演は大きな感動を呼んだ。 2018年10月上海国際芸術祭、翌年3月上海交響楽団演奏会に出演。 2019年1月にはR・ムーティ指揮シカゴ交響楽団来日公演に出演。 イギリスからヨーロッパにまたがる役職についており、ロンドン交響楽団および合唱団の合唱監督、バーミンガム市交響楽団合唱団の合唱監督、オルフェオ・カタラ合唱団の芸術監督、バルセロナのカタルーニャ音楽堂の芸術アドバイザー、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ユース合唱プログラムの芸術監督、ケルン放送合唱団の合唱およびプロジェクトのクリエイティブ・ディレクター、BBCプロムス・ユース合唱団のディレクター、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭合唱団の音楽アドバイザー、ベルリン放送合唱団の名誉指揮者、バーミンガム大学の教授および合唱監督等が挙げられる。 教師や学者としても高く評価されており、バーミンガム大学の大学院や、プリンストン、イェール等におけるマスタークラスで次世代の合唱指揮者を育てている。 イギリスにある大学から4つの名誉博士号を授与されており、2011年にはショット・ミュージックより合唱指揮に関する書籍とDVD『合唱団指揮:コンセプトからコンサートまで』を出版した。 これまでに80近い収録プロジェクトに関わっているが、その多くが主要な賞を受賞しており、グラモフォン賞、ディアパソン・ドール、エコー・クラシック、ベルリン放送合唱団との録音で3つのグラミー賞等がある。 15年に大英帝国勲章(コマンダー)、14年にはクイーンズ・メダル・フォー・ミュージック、そして11年には、ドイツの合唱音楽における卓越した寄与が認められ、ドイツ連邦共和国功労勲章の十字章を授与された。 ロンドンに生まれ、オックスフォードのニュー・カレッジ合唱団、ケンブリッジのキングス・カレッジ合唱団に所属した。 そして、ロンドンの王立音楽大学で指揮を学んだ。 1987年、グラハム・ヴィックと「バーミンガム市ツーリング・オペラ」を設立した。 1997~2008年オランダ放送合唱団のチーフ指揮者、04~12年ノーザン・シンフォニアの合唱プログラムの首席指揮者、そして01~15年は、ベルリン放送合唱団の指揮者(現・名誉指揮者)を務め、彼のリーダーシップの下で、同合唱団は素晴らしいプロフェッショナルな合唱アンサンブルのひとつとして、国際的な名声を得るようになった。 彼はまた、型にはまらない会場や多ジャンルにまたがるフォーマットで、革新的なプロジェクトをつくり出している。

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