人 は パン のみ に て 生きる に あら ず。 人はパンのみにて生きるにあらずといいますが、パンが無くては生きて...

【人はパンのみにて生くるものに非ず】の意味と使い方の例文(語源由来・英語訳)

人 は パン のみ に て 生きる に あら ず

こんにちは、ジェスリードの滝口祐幸です。 「名言でマインドチャージ」のブログを開いていただきまして、ありがとうございます。 このブログは、「名言でマインドチャージ」ということで、世界のことわざや名言によって、目標に向かって進むために必要なパワーマインドを充電することが目的です。 今回、テーマにする名言は、 「人はパンのみにて生くるものにあらず」です。 これは、旧約聖書の中に出てくる言葉で、 「人間は、食物によってだけで生きているものではない」ということで、 「心を磨くことの大事さ」を訴えた言葉です。 しかし現代社会において、食生活を調えることによって、健康に生きることができると思っている人が多いように思います。 最近のテレビを観ていると、健康のための番組が非常に多いことに気づきます。 特に多いのは、健康に良い食べ物の番組です。 面白いのは、番組で豆腐が健康に良いと特集されますと、次の日、スーパーに行くと、豆腐が飛ぶように売れていて、番組でさば缶が健康に良いと特集されますと、次の日、さば缶が飛ぶように売れると言うように、多くの人が健康に良い食材に目がないということが分かります。 しかし、これほど医学が進歩し、多くの人が食生活に注意をしているにもかかわらず、健康な人が増えているかというと、そうでもないのが実情です。 まさに、 「人はパンのみにて生くるものにあらず」と感じます。 東洋哲学では、「人は、自分の人格に相応しい人生を送る」と言います。 確かに、最悪の食生活をしていたにもかかわらず、長生きしている人が沢山います。 たとえば、最後の日本兵と言われる 小野田寛郎(おのだ ひろお)さんです。 小野田さんは、第二次世界大戦の終戦後、戦争が終わったことを知らず、何と29年もの間、フィリピンのルバング島のジャングルで、戦闘を続けました。 そのルバング島でも生活は、健康的には最悪だったはずです。 十分な食事もできなかったでしょうし、衛生状態も悪かったでしょうし、しかも戦闘状態ということで、健康に悪いと言われる「ストレス」が高い状態だったはずです。 そのような健康に悪い生活を 29年もの間、続けたわけですが、小野田さんは、何と 91歳の長寿を全うしたのです。 小野田さんの人生を見ても、まさに「人はパンのみにて生くるものにあらず」と確信します。 小野田さんの長寿の要因を考えた時に、何と言っても、晩年の 青少年の育成のための活動があると言えます。 小野田さんは、日本の子供たちの心の荒廃に問題を感じ、晩年、子供たちの心を育てる「小野田自然塾」を開設しました。 その小野田自然塾で多くの子供たちの心が養われたのです。 「世のため人のための活動をすることが、最も人格を高める」と言いますが、その小野田自然塾の活動を通じて、子供たちの心が養われると同時に、小野田さん自身の人格も高まったはずです。 そういうことで、小野田さんの長寿の一番の要因は、東洋哲学で教えるように、 高められた人格であったと私は思います。 小野田さんだけでなく、人格を高めることにつながる 「世のため人のための活動」に頑張り続けた人は、長寿を全うしている人が多いです。 まさに 「人は、自分の人格に相応しい人生を送る」です。 読者の皆さん、健康に元気に生きたいならば、 食生活を大事にすると共に、 自分の人格を高める生活を心がけて下さい。 それが 健康で長寿を全うする最良の生活法と言えます。 【今回の名言】 人はパンのみにて生くるものにあらず 【今回の教訓】 食生活を大事にすると共に、自分の人格を高める生活を心がける。 それが健康で長寿を全うする最良の生活法である。

次の

「人はパンのみにて生きるにあらず」の言葉の意味

人 は パン のみ に て 生きる に あら ず

ワルサーPPにランヤードリングを取付てみた。 walther PP lanyardでググってみると正に同じものが、デンマーク警察モーターサイクル・ポリス用と出てくる。 ググった写真を見るとリアサイトがマルシンとは異なるのでかなり古いものなのだろう。 まさか戦前? フィンガーレスト付のマガジンを付けるとこんな感じだ。 因みに最初の写真のランヤードはWW1米軍のもので、デンマーク警察用やPP用のものだはない。 個人的には古い欧州の警察用拳銃は大好きなのだ。 ワルサーPPは勿論だがFN M1922やベレッタM1951なんかタマラン! ランヤードリングはヤフオクで出品されていたモノ。 マルシンPPのフレームスペーサーなる部品に9㎜の穴を開けてランヤードリングを差し込みピン止めだが、マルシンの固定ピンの位置とは若干異なる。 Webの写真ではプラのフィンガーレスト付マガジンのものが多いが個人的にはこっちの方が好きなのだ。 なんかこのランヤードリングを付けたらこのPPも綺麗にしたくなってきた。 トリガーのレストポジションは既に修正しているので、リアサイトの形状を変えて面出しして表面仕上げをすれば・・・ 新たなパーツが付くだけでヤル気が起きてくるとは情けない話だ。 どこかにデンマーク警察のホルスターってないかなぁ・・・ 笑 金型による射出成型の場合、型から外すためにエジェクターピン 突き出しピン というのが存在する。 成型後、金型表面から出てきてパーツを型から剥がすためのものだ。 それがパーツに丸く見えるピン痕だ。 このピン跡が時として非常に邪魔くさい。 これには凸んだものと凹んだものがあるのだだが、ハンマーやトリガー等のパーツに丸いヘコミがあったりすると著しく実感を阻害する。 出っ張っている方が削って痕跡を消せるが、これが機関部の作動面にあるとパーツの動きを鈍らせてしまうのだ。 今回はタナカのM29のシャシーにあった出っ張ったピン跡がハンマーとリバウンドスライド作動面にありなんか気になったので削ってみる。 果たして効果があったかのかなかったのか・・・ 「おぉっ!凄く作動が軽くなったぞ!」って微妙にウソぶくジジイがいたのだった 笑 今回はM1カービンの初期型フロントバンドとスリングをレポする。 まずフロントバンドから見てみる。 資料的にはフロントバンドは3種類あると言われている。 ただしタイプBは日本ではほとんど確認できない。 たまにあったと思えばタイプCをカットしたものだったなんてことも多い。 M1カービン用のM4バイオネット 銃剣 が採用されたのは1944年末のことでWW2大戦中の記録写真ではほとんど見かけることはなく、バイオネット・ラグの付いたフロントバンドも見ることはないのだ。 タイプAのフロント・バンドもスイベルの穴の幅が狭い前期型と幅広の後期型がある。 これは初期のスリングに比べ後期のスリングのコットンの厚みが増したことによるらしい。 計ってみると初期型は約25. 6~8. 30~. 手持ちのコレクションを見てみるとオリジナル 実物 と思われるものとリプロっぽいものがあった。 オリジナルはスポット溶接が3箇所あり、プレス加工のパーツの面取りが綺麗にされている。 仕上げは大戦中のややODっぽいパーカとショットブラストにブルーを掛けたものようなものだ。 一方リプロ品はスポット溶接が1箇所のみで仕上げも戦後っぽいグレーのパーカライジングだ。 因みにネジの頭が変わった形状をしているのは、カートのリム部でネジを回せるようになっているため。 スリングもおおかた3種類確認できる。 最も初期がカーキ色のC型クレッセント 三日月の意 ・チップ付きのもの。 この金具 チップ が結構壊れやすいようで強度を増したものになり、色味もグリーンの強くなったもの ライトカーキ になる。 後期のソリッド・チップのものはスリング部分の厚みが増したヘビーウエイトコットンを使っていて色味もグリーン。 現在、スリングのみならずフロント・バンドやリアサイトなども良く出来たリプロが尽きられている。 ただ実際のものを見る機会の少ない日本では真贋を区別するのが大変だが・・・本物だと信じて死んでいくのが精神衛生上一番良いのだ・・・と、思う 笑 御依頼のハドソンのM1917の調整をしてみる。 ハドソンのままではシングルでシリンダーが半分くらいしか回らない。 ダブルではトリガーをおもいっきり引けば何とか回りきる・・・発売当初の1970年代後半 SMGがあるので1977年以降だろう なら「モデルガンなんてそんなものよ」で済まされるが今や21世紀だ。 そこで当ラボではその原因を解析し対処を試みる。 結果としてはシリンダーハンドの長さに問題がありと見て、真鍮にて作り直すこととした。 左が今回製作したもので2. 5㎜程長くした。 他にも調整は残っているがこれでシリンダーの不完全回転は解消! 全面的に面出しもしたのでカッチリとした動きと相まって気持ちイイ! お詫び:この1917もお預かりして物凄く時間が経過してしまいました。 オーナー様、誠に申し訳ございません。 中坊の頃に本格的? にモデルガンに嵌った。 乾いた砂が水を吸い込むがごとくモデルガンの情報をむさぼった。 今思うとあの情熱なり集中力を勉学につぎ込んでいたら・・・両親の期待に答えられたかもしれない 笑 その頃にお金が無くてなかなか買えなかったアクセサリーが木製グリップだった。 世の中の全ての人がそうだと思っていた。 個人的には物凄く「違和感」があった。 モクセイグリップの略でモクグリだろ・・・キセイグリップたぁー言わねえだろう。 しかし結構こう呼ぶ人は多かった。 それからずいぶん経っても結論は出ないが・・・お互いを認め合う協調性が必要なのだろう。 東京の僕がマックと呼んで、大阪の友人はマクドと言いながら会話が続いていくようにどうでもいい事なのだろう・・・が、違和感は残る 笑.

次の

「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」と書いてある。

人 は パン のみ に て 生きる に あら ず

小学生のころ、とある漫画でこの言葉が出てきて、主人公の子が「そうだよね。 ご飯もおかずも食べなきゃね。 」と言ってる場面がありました。 もう50年ほど昔のことで、細かいことは忘れましたが、なにか子供向けの新聞か雑誌に連載されてた漫画だったと思います。 強烈な印象を受けたのか、未だによく思い出します。 もちろん、作者はジョークでこう書いたことは子供心にもわかりました。 ただ、真の意味はよくわからず、もやもやしてました。 最近までは「人間は、食べ物を食べなければ死ぬから当然食べることは基本。 しかし、それだけでは、真に生きてるとは言えない。 それでは、他の動物と変わりない。 物事をよく考え、正しい行動を取り、生を全うすることが大切だよ」というニュアンスで理解してました。 しかしネットで調べてみると、もともとこの言葉はイエスキリストが言った言葉で、パンは食べ物に限らず生活に必要なもの全てを象徴しているようです。 それの必要性は認めたうえで、さらに神の言葉に従い生きることが大事だよと言ってると、私には思えました。 もともとの私の理解でも、それほど的外れではない気がするのですが、ただキリスト教の概念に造詣が深くありませんので自信はありません。 どう考えたらいいのか、詳しい方にお教えいただけるとうれしいです。 おっしゃるとおり、これは聖書の一文です。 ただ聖書というやつは、いかようにでも解釈ができそうな言葉の使い方になっているのですね。 それはわざとそうしている部分もあって、「回答と解釈は自分でできるように」となっているのです。 つまり聖書というのは「正解がある問題集」ではなく、「参考書」と考えたほうがいいのです。 さて、「人はパンのみにて生きるにあらず」ですが、これは前後の部分を含めたその場面全体から読み取る必要があります。 前後の話の流れを無視してある一言だけをとりあげるのは誤解のもとでございましょ? 場面は、イエス・キリストが悪魔に試されるシーンです。 悪魔は「お前が神の子ならば命じてこの石をパンに変えてみろよ。 そうすれば、この全世界をお前に与えてやる」といいました。 それに対するイエスの答えが「人はパンのみにて生きるにあらず」だったのです。 この話のキモは、「石をパンに変える」ということにあるのです。 石というのは何の役にも立ちませんよね。 つまり石とは「役に立たないものの象徴」です。 一方、パンはこの場合日本人のいうところの「ごはん」に近いニュアンスで腹を満たしてくれるもの、つまり「役に立つものの象徴」です。 もうひとつ肝心なことがあります。 それはこの場面だけではなく、キリスト教の教えの根幹のひとつですが、イエスは世界で初めて「愛」ということを唱えた人でした。 イエスも彼が生きていた当時は「ユダヤ教のラビ(教師と訳されることが多いです)」でした。 それまでユダヤ教というのは「神はお怒りになられている」と教えてきたのです。 その象徴が死海の底に沈むといわれるソドムとゴモラの町で、この町に住む人々は余りに淫らで放蕩な生活をしていたので神の怒りをかって破壊されてしまいました。 ユダヤ教のお坊さんたちはみな口々に「悔い改めて神の意志にそう生活をしないと神の怒りに触れて恐ろしい目に遭うぞ」と警告してきたのです。 まあだいたいユダヤ教の歴史ってのがそういうものでした。 ところがイエスは「愛だぜ、愛。 神様はお前たちを愛してやまないんだ。 だから許そう、与えよう。 神様が僕らを愛してくれるように」とラブ&ピースを訴えたのです。 これはもうユダヤ教の教えにおいては180度の転換もいいところなんです。 さて、これを説明の上で悪魔の場面に戻ります。 悪魔がいう「石」とはつまり「愛」を指します。 悪魔はいうのです、「愛ってさ、それは石みたいなもので何の役にも立たないだろ。 愛じゃ生きていけないんだよ。 愛で腹がふくれるか?生きてくためにはごはんを食べていかなければならないんだよ」と痛いところを突いてきたのです。 そして悪魔ですから、「石をパンに変えたら全世界を与えるぜ」とアメの提案も忘れません。 つまり、「『愛を呼ぶブレスレット』とか売ると大儲けできるぜ」と囁いたのです。 さすが悪魔ですね。 私なら大喜びでサインしてしまいそうです。 それに対するイエスの返事が「人はパンのみにて生きるにあらず」なのです。 「人は腹がふくれれば、金儲けができれば満たされるわけではない。 それが人生のすべてじゃない」と返したのです。 なるほど、話の全体を理解しなければ、本当の意味はわかりませんね。 キリストが悪魔に試される場面で出てきた言葉だったとは知りませんでした。 ユダヤ教では愛という概念がなく、神は怒っている、悔い改めよ。 というだけだった。 そこへ、キリストが現れ、「神は人間を愛している。 だから、我々も愛に生き、お互いを許し平和に暮らそう。 」と説いたんですね。 (ジョンレノンのイマジンを思い出します)。 キリストが捕まり、十字架にかけられたのも確かユダヤ教の坊さん連中が、画策した結果でしたね。 自分たちと全く違う教義を説き、支持を集めてきた新しい教えを脅威と感じた結果でしょうがずいぶん心が狭いし、宗教者にあるまじき行為だと思います。 (もっとも、現在も宗教の争いは絶えませんが) 石(役に立たないもの。 悪魔の考えでは愛など精神的なものもこれに入る)をパン(役に立つもの。 物質的な欲望を満たすもの)に変えたら全世界を与えるとイエスをそそのかした 悪魔に対する答えということですね。 仏教などにもいえますが、創始者の純粋な教えが死後、信者の増加と共に様々な宗派に別れて中には元の教えを曲解し、とんでもない教えと化してるところもあります。 しかし、キリストのもともとの思想は現代の儲け優先、自己中心、物質主義とは相容れないものと思います。 私は共感しますね。 #5です。 イエスを磔刑にかけたのは、ユダヤ教の坊さん連中じゃなくて、大衆なんです。 なんというか、大衆心理の恐ろしさってやつですね。 イエスが生きていた時期というのは、イスラエルの地はローマ帝国の属領だったのです。 んで、ここから「なぜユダヤ人は嫌われるのか」って話になっていくのですが、ユダヤ人というのはちょっと異民族からすると引くくらい排他的な民族なんです。 ローマ帝国というのは異民族に対して大変寛大な帝国で、皇帝に反抗しないなら信教の自由というのは認められていたのです。 ローマ人の感覚だと「こいつらは変な神様を拝んでるなあ。 でもまあ別にいいか(当時のローマは多神教なので)」なんです。 しかし、一方のユダヤ人はそれは気に入らない。 何が気に入らないって、自分たちに与えられたイスラエルの地に異邦人(外国人)がうろちょろしてるってことが気に入らないのです。 だから、当時のイスラエルはローマ帝国の属州にしちゃ珍しく反ローマ運動が盛んだったのです。 熱心党(ゼロテ)という反ローマテロリストグループもありました。 だから民衆は「我々を率いてローマ帝国を排除してくれるリーダーが出現してくれること」を熱望していたのです。 これが時代背景として重要です。 そんな中、イエスという人が現れました。 彼は各地で奇跡伝説なんかを引っさげてエルサレムにやってきたので、大衆は「彼こそが我々を率いてローマ帝国を追い出してくれるだろう」と期待してエルサレム中が大フィーバーになったのです。 だけど、イエスの教えは「ラブ&ピース」なんです。 「憎しみあうな、愛し合おう」と言い出したのです。 今、日中関係や日韓関係が戦後最悪のような状態ですよね。 ネット右翼なんかが活発に活動しています。 この時期に「中国の人とも、韓国の人とも愛し合おうぜ」なんて言い出したらまーどんだけ炎上するかってことですよね。 大衆の「裏切られた感」はハンパなかったわけです。 しかし当時はメディアがない時代でしたから、「水の上を歩いた」とか「死人を甦らせた」なんて噂の人がやってくるとなったらやっぱり期待しちゃいますよね。 あの裏切り者の代名詞となった(イスカリオテの)ユダの手引きで、イエスはユダヤ教の警吏によって逮捕されました。 当初はエルサレム中がイエスブームに沸いていたので手が出せなかったのですが、イエスが「俺は反ローマ活動はしない」と断ったのでブームはまさに反動したのです。 しかし捕まえてみたらはたと気づいた。 処刑する名目がない。 そこで最初はローマ総督のところに「こいつは反政府活動をしましたぜ」といってローマ皇帝の名の下に処刑してもらおうとしました。 しかし総督のピラトは「こいつは反ローマ活動はしてねえじゃん」と突っ返します。 名目上の王だったヘロデ王のところを含めて文字通りのたらい回しにされた揚句、ピラト総督は「んじゃさ、こいつに恩赦を与えるってことでよくね?」と政治家らしい妥協案を提案しました。 しかし大衆は「うっさい!イエスを磔刑に!」と求めました。 ピラト総督は困って「もしコイツ(イエス)が無実の罪だったとしたらその責任は誰が負うんだよ?」と大衆に問いかけたら、大衆の答えが「我々が負う!」と返したのでイエスの処刑が決まり、そしてユダヤ人がキリスト教徒によって迫害されることも決定しました。 「ねえねえ、でもイエスって元々ユダヤ人なんじゃないの?」とか「少なくともお母さんのマリア様はユダヤ人だよね?」なんてことをツッコんではいけません。 イエスが磔刑にかけられてから半世紀後くらいについにイスラエルで大規模なユダヤ人の反乱が起きました。 これでローマ帝国は「人が寛大な態度をとっていたら調子に乗りやがって」と大激怒して、反乱を鎮圧するとイスラエルの地からユダヤ人を追放しました。 これが「ディアスポラ」で、この後現在のイスラエルが建国されるまでユダヤ人は世界中に散らばってさまようこととなりました。 このときにエルサレムにあるユダヤ教の神殿も徹底的に破壊され、その神殿の一部が遺跡になっているのが「嘆きの壁」と呼ばれる場所です。 ユダヤ人がここでお祈りをしていますが、そのお祈りの内容は「神様、またあの栄光の時代が訪れますように」なんですが、その栄光の時代とはイエスの時代どころかソロモン王とかそんな時代でございまして、遡ること今から約3000年前です。 3000年前の栄光よもう一度ってどんだけなのよと異教徒としては思ってしまうところですが。 そしてこのときに同時に失われたのがあの十戒を書いた石板が収められていたといわれる入れ物である「聖櫃(アーク)」です。 この「失われた聖櫃(アーク)」については映画「インディ・ジョーンズ」でお馴染みですね。 しかしネットで調べてみると、もともとこの言葉はイエスキリストが言った言葉で、パンは食べ物に限らず生活に必要なもの全てを象徴しているようです。 おっしゃる通りです。 それの必要性は認めたうえで、さらに神の言葉に従い生きることが大事だよと言ってると、私には思えました。 これも言わばキリスト教の広報用語句ですから、おっしゃるとおりです。 もともとの私の理解でも、それほど的外れではない気がするのですが、ただキリスト教の概念に造詣が深くありませんので自信はありません。 これは「彼は、人はパンだけでなく神の口から出るすべてのことばで生きる、と言った」という「マタイ伝4章4節」や「イエス答えて曰く、人はパンだけでなく神の言葉全部で生きると書いてある」という「ルカ伝4章4節」に出る言葉です。 こう言う「ことば」は理解しようで千人千様あるわけで、もともと一宗教の宣伝文句ですから、「専門家」にきけば 言うことは決まっています。 誤用の3をご覧下さい。 デゥディンツェフが1956年に書いた小説の題ですが、共産党の官僚主義を風刺したこれなどもこの文句の使い方の一例です。

次の